ハナミズキの雑学
植えたい記念樹第一位
「趣味の園芸」創刊25周年を記念して「読者が選ぶ、植えたい記念樹ベスト25」を募
集した結果は下表のとうりで(1998年4月号)、最も人気を集めたのはハナミズキで
した。
ウメやサクラ、ツバキ、サザンカ、バラ、モクレンのように花が美しく、人目を引き
つける花木が上位を占めているのは当然ですが、どちらかといえば新参のハナミズキ
が、トップの座におどりでたのは「新しいもの好き」、「舶来好き」、「ブームに乗
りやすい」日本人の選択だったといえるかもしれません。見慣れた花々よりもどこか
変った花、なんのてらいもなく、花の盛りに底抜けに陽気な花を咲かせるハナミズキ
が人気を集めるのももっともなことです。
また、花だけでなく、色づく果実、紅葉、冬の枝ぶり、一年を通して見どころが多い
点でもハナミズキが他の花木の勝っています。
日米親善の花大使
明治45年2月14日、横浜港を出港した船に、3000本ものサクラの苗木が積まれていました。
東京市長、尾崎行雄がワシントンの親日家たちの要望にこたえたものです。苗木は3月下旬
無事にワシントンに到着、ポトマック公園の中心に植えられました。
サクラの返礼は米国特産のハナミズキでした。大正4年5月、アメリカ合衆国政府の使者とし
て東京にやってきた農務省のスウィングル博士から白花種40本のハナミズキの苗木が東京市
に贈られました。当時、東京市の技師だった井上清の記録によれば、一部のハナミズキは日
比谷公園に、また一部は羽根沢苗圃や野方苗圃に植えられました。東京市が植えたハナミズ
キは20本で、残りの20本は小石川植物園、東京府立園芸学校、農務省興津園芸試験場などに
植えられました。
続いて大正6年には紅花種のハナミズキの苗木13本と台木用の種1ポンドがサクラ愛好家フェ
アチャイルド博士によって運ばれ苗木は日比谷公園、向島百花園などに分植されました。
ブームになったハナミズキ
ハナミズキが日本に初めて渡来したのは明治中期といわれていますが、現存するのは、東京市
長の尾崎行雄がワシントンの親日家たちに贈ったサクラの返礼として、大正4年にもたらされた
ハナミズキの苗木40本のうちの4本です。
その後も大正6年に13本、昭和12年には40本余りが米国のガーデニングクラブから送られてき
ました。このように、何度かはきっかけがあったのですが、一般に普及するようになったのは
昭和40年代後半からです。そして、園芸品種の’チェロキー・チーフ’や’スイート・ウォーター’
など、濃紅色花のハナミズキの苗木が量産され入手しやすくなった50年代後半から、本格的な
ハナミズキブームが始まりました。
全国的にハナミズキ道りができ、並木、街路樹といえばハナミズキという答えが返ってくるほ
どのブームでした。しかし、乾燥地や照り返しの強いところなど、無理な植栽が行われて失敗
に終わったのも多かったようです。その失敗から反省が生まれ、ハナミズキの特性が理解され
るようになったのはむしろ幸いなことかもしれません。
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